ミステリー

 東京は八月に入ってから雨模様の日が続き気温も低いようですが、一方西日本では昨年に引き続き猛暑の夏になりました。関西でも気温が35度前後のうだるような日々のなか、「あせも」で悩まされている私は食料品の買い出しなど外出を必要最低限にしてここ何日もミステリーに浸っています。

昔からアガサクリスティーは好きでした。エアコンの効いた部屋でポアロやミスマープルの殺人事件の謎解きは気軽に読めるので、ついつい後引きになり、図書館で借りたり、アマゾンで中古本を購入したりでここ10日くらいでこの5冊読了しました。

・鏡は横にひび割れて

・メソポタミア殺人事件

・マギンティ夫人は死んだ

・満潮に乗って

・スリーピングマーダー

クリスティーは膨大な数の著作があり、若い時にその三分の一ほどは読んでいると思いますが、この5冊は初めてでした。

「鏡は横にひびわれて」は以前にDVDで映画化されたものを見ており、映画女優の役を演じたエリザベス・テイラーの美しさとこの話のカギになっている何かに気をとられて心ここにあらずというような「眼」の演技がとても印象に残り原作を読みたいと思いながら今まで読んでいませんでした。

殺人事件ばかり5冊続けて読んだのでしばらくは他のジャンルに移ろうと思います。



 「さよならドビュッシー」「おやすみラフマニノフ」「いつまでもショパン」と有名作曲家を題名にしたミステリーで作者は音楽の素養豊かな人かと思い、「ヒポクラテスの誓い」では研修医が法医学教室で変わり者として有名な教授の厳しい指導の下で、遺体の解剖に立ち合い真実を見つけ出すというミステリーでは、解剖学のおかれている立場や解剖する遺体の匂いや凄惨さが伝わってくるような具体的な表現に「科捜研の女」ファンの私としては毎回出てくる解剖の場面がいかにドラマ的だったか感じさせられたのですが、本作品では静おばあちゃんは元裁判官であり、警視庁一課の青年刑事葛城が立ち向かう難事件を孫娘で法律家志望の円から聞いてはヒントを与え解決に導くというストーリーです。

 連続強盗事件が発生したさい、被害者の友人という関係で葛城と円は出会い、彼女のもらした一言が事件解決の糸口になったのを期に彼女の手助け、実際は静おばあちゃんの元裁判官という経験と知恵で数々の難事件を解決していくのですが、最後にあっと驚かされることになります。

 作者がペンネームとはいえ名前から女性とばかり思っていままで何冊か読んできましたが、男性だったのは私にとって驚きでした。


  第一話  静おばあちゃんの知恵 

  第二話  静おばあちゃんの童心

  第三話  静おばあちゃんの不信

  第四話  静おばあちゃんの醜聞

  第五話  静おばあちゃんの秘密 

 「月下上海」で松本清張賞を受賞した当時、内容もさることながら、社員食堂勤務ということでも話題になった山口恵以子の書き下ろし作品です。図書館で初めてこの本を知り面白くそうなので借りてきました。

 航空機事故(日航のジャンボ機事故を思わせる)で485名中480名亡くなり、わずかに生存していた5名の中に主人公七原慧子がいました。両親、夫、娘二人を亡くし、慧子自身は右手足の骨折、打ち身、擦り傷で済み、生存者の中では一番軽傷でしたが、事故から一週間後に知らされた家族の死で、彼女は不眠症に陥りました。運動、酒、睡眠導入剤など試したものの一向に効かず、ある日思い立ったのが睡眠を人から盗むということでした。空腹の人は食料を盗み、お金のない人はお金を盗む。ならば眠りを欲しい自分は眠りを盗めばいいと、ある日結論付けると早速行動に移ったのです。如何にして人の睡眠を盗むか?それはラブホテルに張り込み、不倫している人間かどうか興信所を使って調べ上げ、脅迫状を送ってホテルに呼び出し、知られたくない秘密を握られた人間の哀れな顔をこっそり写真に撮っては自分の部屋に貼ることでした。このことが彼女に深い眠りをもたらしました。

 その後も脅迫を繰り返しつつも、より多くの睡眠を手に入れるために銀座の高級クラブの会計係に採用されます。そこで慧子が気にかけていたホステス繭と同棲していたカメラマンの死、慧子の家に置かれていた繭の死体、航空機事故の原因追及に関して事故があった当時の運輸大臣と、調査にあたった大学教授の学長選挙に絡む癒着、高級クラブの脱税等話は展開していきます。そして家族5人を失った代わりに得た慰謝料や生命保険、旅行保険など莫大な現金は、従妹やその恋人に狙われることになりますが、60半ばになった慧子にやっと平和な日々が訪れます。スピーディーな展開にあっという間に読了しました。

時代小説

 京都で流行していた陶磁器の製造販売を自ら立ち上げようと思い立った絹屋半兵衛は彦根では有名な古着商でした。しかし「やきもの」に関する知識はなく、あるのは意気込みだけでした。窯を作る場所やその製作方法、職人集め、土の選定や資金源など数々の困難を乗り越え豪商藤野家に奉公していた妻留津の助言や知恵もいかしながら「湖東焼」として製作することができました。やがて職人たちの奮闘もあり満足のいく作品を作りあげることが出来てきた矢先・・・。

 若き日の井伊直弼(鉄三郎)の藩主の14男で冷や飯食いとして日々暮らす苦悩や半兵衛との出会いも描かれています。

 外資系銀行や証券会社の債権ディーラーや外国債券のセールスなどの経験から経済小説を次々に発表してきた作者が初めて手掛けた出身地滋賀(近江)を舞台にした時代小説です。

 ある集まりの会で「湖東焼」のマグカップに色付けを体験したことがありました。焼きあがったカップは琵琶湖の色を写したようなさわやかなブルーでしたが、本書で「湖東焼」の歴史を知りました。

 涙をさそう小説を久しぶりに読みました。

 主人公「ほう」が生まれたのは江戸の建具商「萬屋」の女中部屋で父となる人はその店の若旦那でしたが、女中だった母はまもなく亡くなり、8歳になるまで親戚に預けられていました。9歳になった時はるばる讃岐の金毘羅様へと「萬屋」を代表して参拝に行かされることになり、いじわるな女中に付き添われて出掛けたのですが、金毘羅様の手前の丸海藩の旅籠で女中が路銀と共に消えてしまいました。置き去りにされたのです。幸いなことに藩医を務める井上家で面倒を見てもらうことになりますが、名前を聞かれると阿呆の「呆」だとしか言うことが出来ませんでした。井上家では藩医の舷舟先生や息子の啓一郎先生や娘の琴江さん、家守の金居さんや勝手賄いのしずさん達の中で温かくも時には厳しくしつけられて暮らしていたのですが、ある日「ほう」に勉強の手ほどきをしてくれていた大好きな琴江さんが毒殺され、その犯人を「ほう」と下男の盛助さんが図らずも知るところとなります。ところがおかしなことに琴江さんは病により亡くなったとされてしまい、納得がいかない二人でしたが藩における力関係もあり、無理やり毒殺はなかったことにされます。そんなおり加賀様こと「船井加賀守守利」が丸海藩に江戸から流人としてやってきます。江戸幕府の勘定奉行という要職にあった役人が何ゆえに讃岐の小藩「丸海藩」に来ることになったのか人々の憶測や恐れや風評が藩全体に及び加賀様は災厄の人として恐れられます。

 四国の小藩には次々と流行病や風水害や火事などが襲い掛かりますがそれらはすべて加賀様のせいだと人々は噂します。加賀様は人里離れた屋敷で24時間藩の役人の監視下で暮らしておりましたが、その屋敷の下働きとして「ほう」が行くことになります。まったく顔をあわせることのない下働きの仕事でしたが、ある偶然から加賀様と出会いそれまで頑なだった加賀様の心が「ほう」だけには開いていきます。加賀様から直に手習いをしてもらえることになりひらがなや算術を教えられたり、毎日あった出来事を聞かれたりと「ほう」には優しく接してくれ大罪を犯した人とはとても思えませんでした。穏やかな日々は長く続かず、火事で幽閉されていた屋敷が焼け落ち、加賀様は亡くなりますがその亡骸には獣の爪で裂かれたような傷があり、そばには黄金色の毛皮の獣が目を剥いて死んでいたということでした。

 阿呆の「呆」だと「萬屋」でさげすまれていた「ほう」が加賀様の辛抱強い手ほどきにより徐々に知恵や知識を得た今は自分が進む方向を知ることが出来るようになったと意味で「方」の字を与えられました。やがて加賀様亡き後、美しい手筋で大きく書かれた「宝」という字が「お前の名だ」との加賀様の言葉と共に「ほう」の元に届けられました。

 封建時代の主従関係や港町と城下町の人々との確執、次々と襲い掛かる自然災害、風聞や噂話がもたらす恐ろしさなどが描かれていますが、長編であり、登場人物も多岐に渡り読み応えのある小説でした。

 徳川家康の次男として生まれた秀康が15も歳のはなれた長男信康の計らいで父家康に初めて会ったのは、於義丸と呼ばれていた3歳の時だった。やがて織田信長亡き後着々と権力を伸ばしつつあった秀吉の養子(実質的には人質)として大阪の城で暮らすことになり、時に遠く離れて暮らす母お万を思い、父家康の自分への冷酷さを思う秀康であった。

 秀吉に実子が生まれ、北条家の小田原城を攻め落とすことになった時についに養子から解放された。しかし今度は北関東にある結城家へ再び養子として向かい入れられることになったのだ。周囲の城がこぞって北条方だったため反北条に傾けさせるのは容易なことではないと判断した結城家では家康の次男を受け入れれば十万石の加増と徳川方の援軍が期待できるとし、議論の末秀康を受け入れることとなった。その後秀吉の北条攻めは秀康が結城家に入ったことにより圧倒的な勝利を収め、結城秀康として一大名として独立した。秀吉の朝鮮出兵、秀頼の出生、この世に未練を残しながらの死去の後、関が原での戦いでの論功行賞により越前の大名として北ノ庄に入城し、領内をくまなく廻り、北ノ庄城を5年の歳月をかけて完成させたのちわずか37歳でその短い人生を閉じたのであった。

現代小説

 博物館のキューレーターの経験を生かして「アンリ・ルソー」や「モネ」、「マティス」など画家の世界を描いてきた著者は、一方で「総理の夫」では政界に入り総理大臣になった妻の夫としての視点から、また「本日はお日柄もよく」ではスピーチライターを主人公とする興味深いジャンルの著書も手掛けています。

 本書は諸般の事情から旅行に行かれない依頼者代わって元アイドル丘えりかこと「おかえり」が旅をするという話です。満開の桜を求めて向かった秋田県角館ではどしゃ降りの雨で花見見物どころではなく、次にむかった山奥にある玉肌温泉では大雪にみまわれたりと天気には恵まれない旅でしたが、温かい人情や優しさに触れて、依頼者である真与さん(ALS患者)やその家族を大いに満足させる旅になり、「旅屋」としてやっていこうと決心する物語です。

 旅のことばかりではなく弱小プロダクションの経営、スポンサー企業とテレビ局の関係、人気がなくなったアイドルの行く末などさらっと読めるものの、魅力的な人物や逸話もあり楽しめました。

 “父の遺体があがった。” から始まったこの物語。父富岡康宏は定年後、老父の介護をして見送ったあと、東北の大震災に巻き込まれ亡くなったと聞かされたかつての恋人笹岡紘子を探しに出掛けた仙台で、多くの死や津波によって破壊された土地、家屋敷を失い避難場所で不自由な生活を強いられている人々を目の当たりにしてボランティア活動に参加し精力的に働いた。その後、特別の決意があったわけではないがある日妻に「四国遍路に行ってくる」と言って車で向かった。その父が無事八十八か所の巡礼の旅を終えた後、帰りのフェリーから行方不明となり、数日後波間に浮いているのが確認されたのだ。

 父の足跡をたどって次女碧は四国に向かった。遺品の手帳を頼りに札所を巡っていくと方々で刃物の研ぎ屋をしていたことや女性と一緒だったという話を聞いた。二万円を超える診療費を払っていたことも手帳には記載されていた。支払先の医院を訪ねあてるとその二万円は遍路の途中出会った遍路姿の行き倒れの女性を連れて来て保険証も現金も持っていなかった彼女の代わりに支払ったことがわかった。そこで医師から「あなたのお父さんは姿形こそ白装束に金剛杖ではなかったけれどその風情は遍路そのものだった。恬淡とした遊行期の男の姿だった」といわれた。遊行期とはバラモン教の言葉で人生を4つの時期にわけて学び、結婚し、子供をもうけやがて孫ができる季節になると子供は妻に託しこれまで築いてきたものを捨て、森に入れという教えだと聞き、父は自分たちをあっさり捨てたのかと苦い疑問だけが残った。その後も手帳に記載された場所を訪ね最後にであった地元の大学の歴史研究会のメンバーから「遍路の白装束は死に装束、金剛杖は墓標を意味する」と教えられ、ひょっとすると父は巡礼の途中に死に場所を得ることを望んでいたたがそれがかなわず、冬の海に飛び込んだのかとの思いを抱いた。

 実は父は大学時代に付き合った才能豊かで美貌の持ち主で皆の垂涎の的だった笹岡紘子という女性と、彼女が震災で亡くなる少し前まで細く長くその関係は続いていたのだ。一度家族にその付き合いが知られてしまい、二人は別れることになったのだが、仕事関係の集まりで再会しメールのやり取りからまた付き合いが復活した。ところがそのメールから二人の関係が再び家族の知るところとなり、父は母を始め結婚して2児の母となっている長女、キャリアウーマンとして独身生活を謳歌している次女からはすっかり信用をなくし謝罪を余儀なくさせられていたのだった。

 父は本当に自ら海に身を投げたのか、それとも???

二度も家族を裏切り信頼を失った富岡だったが、難関大学を卒業し、大企業に就職し、家庭をしっかり切り盛りする妻と二人の子供や孫に恵まれ、その一方で大学の准教授をしていた美貌の恋人との逢瀬、人生でやり残したことはなく充実した一生だったように思う。

 相馬財閥の御曹司で鳥類学者の相馬日和が新進気鋭の国際政治学者で才色兼備な女性、真砥部凛子と出会ったのはソウマグローバル主宰の「22世紀朝の研鑽会」の場であった。やがて二人は結婚して10年が経ち、凛子は国会議員となり少数野党の党首として議会に席をおいていたが、総選挙の結果長年与党として君臨していた民権党が敗退して連立政権が樹立され、初の女性総理大臣として指名されたのだ。



 それまで鳥類学者として穏やかな日々を送っていた夫日和の毎日は一変し、生活の全般に渡って総理の夫としての役割を担うことになり、時には凛子の外遊に付き添い、日々の行動や言動も制約され好きな鳥との時間も自由に持つことができなくなった。信頼していた職場の女性からはハニートラップを仕掛けられたり、総理公邸への引っ越しを余儀なくされより一層の制約に縛られたり、総理としての凛子はもちろんその夫の日和も共に毎日が奮闘の日々だったのだ。

 これらのことを後世に残すべく日記に綴ったのが本書であるが、政府専用機や総理公邸の様子なども垣間見られました。(どこまで本当か?)凛子が高齢といわれる年齢でしかも一国の総理大臣の立場ながら図らずも妊娠し産むかどうか決断を迫られ右往左往するあたりは、ペーフェクト・ウーマンとも言える凛子も仕事と出産の狭間で悩む女性だったのかと改めて思いました。


クラシック音楽

 全4曲からなるアラビアンナイト(千夜一夜物語)を題材にした交響組曲。女性不信の王様シャーリアルが何人目かの妃シェエラザードの話の面白さに魅かれ、とうとう千一夜もの長い間毎日聞き続け、優しい妃によって王は残忍な心を消したという説話集をもとに作曲された。

 第1曲「海とシンドバッドの船」重々しい出だしにつづいて主題となるバイオリンの美しい響きに続いて大海原のうねり、ささやくようなやさしい調べの交互する中、船がゆったりと進んでいく様が、第2曲「カランダー王子の物語」ゆったりとした曲調はやがてテンポが速くなりオリエンタルな雰囲気からドラマチックな力強さに変わり、この曲の主題がここでも出てくる。第3曲「若き王子と王女」クラリネットが奏でるゆったりしたとてもロマンチックなメロディが心地よい。第4曲「バグダッドの祭り、海、青銅の騎士の岩での難破、終曲」ではもの悲しく、狂おしいような旋律や力強さ、軽やかさなどが入り混じって終盤に向けて駆け抜けていきます。現在残酷な殺戮が繰り返し行われ、世界中を震撼させている中東が舞台のこの物語はリムスキー・コルサコフによってめくるめくような夢の世界に私達を誘ってくれます。

知人に誘われてカルチャースクールの「オペラの鑑賞講座」にしばらく通っていました。私にとってオペラは歌舞伎や能、狂言などの日本の伝統芸能と並んで敷居の高い物だったのですが、知人はすでに何回か通っており、実際にオペラの舞台を見るわけではないけれど、クラシック音楽が好きならばとても楽しいですということで参加することにしました。講師が初めにその日の演目に関して作曲家、時代背景、ストーリー、主役の歌手などについてわかりやすく解説し、その後DVDを見ながら見どころ、聞きどころを説明し最後に質問に答えるという流れで進みました。この講座を通してオペラのストーリーは恋愛、裏切り、不倫、怨念など世俗的なものが多いということを知りました。残念ながら実際の舞台を見たのはミニヨン、フィガロの結婚と二度しかありませんのでDVDや有名なアリアや曲を集めたCDを購入して秋が深まってくる今頃になると聞きたくなります。


20年ほど前レコード会社のクラシックの通信販売でCDを毎月購入していました。ジャクリーヌ・デゥ・プレは、イギリス生まれで20世紀後半に花開いた最高・無比の名女流チェリストと解説がありました。ドヴォルザーク作の3楽章からなるこの曲を力強く時には抒情豊かに丁寧に演奏しています。ロストポーヴィッチのCDと時々聞き比べをしていますが、第一楽章の中盤チェロのすすりなくように徐々に盛り上がっていく私が最もすきな部分は意外にデゥ・プレはあっさり弾いています。残念ながら多発性硬化症の為、42歳でこの世を去りました。ピアニストで現在指揮者としても活躍しているダニエル・バレンボエムとの結婚生活もありましたが、あまりにも短い生涯でした。